中国生活者の視点を訪日旅行プロモーションに反映
日本各地とウィンウィンの関係築くインバウンドを!
2004年に日本政府観光局上海事務所の立ち上げに尽力された薬丸裕氏は、昨年9月に同事務所の所長として17年ぶりに再び上海で訪日プロモーションをされることとなった。薬丸氏に中国、上海からの訪日観光の変化と現在の取組みなどについて伺った。
日本政府観光局(JNTO)
上海事務所長
薬丸裕氏
やくまる・ひろし●神奈川県出身。大学時代は日本国内やヨーロッパ旅行で見聞を広げる。1997年日本政府観光局(JNTO)に入構。2004年JNTO上海事務所開設のため上海赴任。2007年に帰任後も本部海外プロモーション部にて中国市場を担当。2012~14年 まで観光庁国際観光課へ出向、2017~21年までJNTO香港事務所長などを経験し、2024年9月より現職。日本は全47都道府県を2回以上訪問・宿泊し様々な観光資源を自ら体験。中国大陸は17省・3直轄市・2自治区までの22地域・約50都市を訪問。
JNTO(ジェイエヌティーオー)は、1964年に設立され、60年以上にわたり訪日外国人の誘客促進を主軸に取り組んでおります。当時の小泉首相が観光立国宣言をした2003年以降、インバウンド(外国人の訪日旅行)の振興・拡大は日本政府の重要な政策の一つとなりました。オリンピック・パラリンピックの東京開催が決まり、訪日外国人数1000万人も達成した2013年を契機に、インバウンドへの関心が社会全体で急激に高まり、異例の速さで18年には3000万人突破という大きな成果を出すことができました。その後、コロナ禍の厳しい期間もありましたが、2024年には約3687万人のお客様をお迎えし、JNTOは、観光立国の実現に向けて最大限の貢献をしているところです。現在、世界26都市に海外事務所を有し、市場別マーケティングやプロモーション事業等を展開するとともに、地方自治体や民間事業者の皆様への積極的なサポートも行っています。広大な中国には、大陸に北京、上海、広州、成都の4事務所と香港にも事務所を構え、訪日旅行の促進に努めております。
旅行が好きで「プライベートと仕事が重なっている」と話す薬丸氏
ーJNTOに入られた理由を教えてください。
旅好きな私が外国人に日本をPRするような国際交流や文化事業みたいな仕事に興味を持つなか、JNTOと出会い、ご縁があったという感じです。
学生時代は、お金を貯めては旅に出掛けました。最初の海外旅行は世界史で好きだったギリシャとイタリア。大学からロシア語も勉強し始めたことで、東ヨーロッパの美術や建築等に興味が湧き、ロシア、ウクライナ、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ブルガリアなどを30~40日間×3回、ホームステイや国際寝台列車、長距離バスを利用したバックパッカー旅行などを楽しみました。日本人旅行者が非常に少なかったこれらの国々には、日本人に会うのが初めてという人も多く、地元の食堂で飲み食いしながら日本の話をした経験はとても楽しく刺激的で、私の日本プロモーションの原点だったかもしれません。
JNTOに就職したのは1997年。当時の訪日外国人数はわずか420万人、「インバウンド」という言葉も世の中では全く知られていない時代でした。初めての仕事は、ジャパン・トラベルフォン(フリーダイヤルで英語の旅行相談ができるサービス)の運営や指差し旅行会話帳の作成など、超アナログに訪日外国人の受入サービス向上を目指すものでした。
ー2004年に上海事務所の開設のために駐在されたとか。
当時の中国では、訪日旅行は親族・友人に自慢できる「特別なレジャー」。観光目的での訪日旅行のスタートは、北京市・上海市・広東省の市民に限定された団体ツアーからでした。2000年に北京から来た団体ツアーが訪日初発団となるのですが、その前年にJNTO北京事務所が開設されています。中国を訪れる日本人客数が300万人を超え、訪中外国人数ナンバー1となった04年に上海事務所の設立が正式に承認されました。私は、開設メンバーとして辞令を受けたものの、中国とは縁の少ない人生だったので、本当に驚きました。中国語も「你好」「謝謝」「再見」と、使うと問題になりそうな「我愛你」くらいしか知りませんでしたから(笑)
2004年の訪日中国人数は62万人、今なら3週間分くらいの人数です。当時の上海市・江蘇省・浙江省では、訪日団体ツアーを取り扱える旅行会社が限られたので、彼らと緊密な連携=仲良くなって、一緒に新規ルートの視察もしながら魅力的な訪日ツアー商品づくりを提案し、販促支援するのが一番の仕事でした。2007年に本部へ帰任して中国担当を続ける中、08年に訪日中国人数が念願の100万人を突破しました。訪日中国人への関心も高まる雰囲気の中、日本の商業施設にも歓迎して貰うべく百貨店や家電量販店、アウトレットなどにも新たな事業パートナーとして参画をお願いするセールス活動にも励みました。訪日中国人数が500万人に迫った15年には中国人観光客による〝爆買い〟という言葉が日本のメディアを連日賑わせたのを覚えておられる方も多いでしょう。訪日中国人数のピークは19年の約960万人、同年の7月・8月は2カ月連続で100万人を超え、すごい勢いと存在感を示しました。
ー昨年、上海事務所に再び赴任されたと伺いましたが。
昨年9月に所長として17年ぶりに上海へ戻りましたが、目の前の市場は、別世界のように一変しています。コロナ禍を経て、団体観光から個人旅行へのシフトが一気に加速し、2024年は訪日中国人の約9割が個人旅行者だったと推測されます。上海は、日本全国20を超える都市へ直行便が飛ぶ恵まれた環境にあり、既に高頻度リピーターもたくさんいます。その背景には、複数年有効のマルチビザを持つ方が百数十万人はいるものと推計され、これらのお客様は香港人と同様、気軽に週末訪日旅行を楽しめますし、実際に楽しまれています。
現在、日本では人気観光地のオーバーツーリズムが問題になっていますので、訪問地域の多様化を図るべく、地方誘客に力を入れています。特に地方便の多い上海には、日本の狙った地域への送客拡大が期待されています。
今日は、個々の旅行計画者が何らかの目的を持ち、いろいろと調べて日本を選んだ結果が訪日旅行になるという時代です。このため一般消費者の旅行トレンドを把握し、見合った提案をすることが大切になります。例えば、最近、中国人観光客で混雑する定番観光地は避け、地方で自分好みの観光地を見つけて楽しみたいというニーズが増しています。そこで、昨年は、中国9都市において、大衆観光の対極「小衆旅行」と称して、山陰や瀬戸内、北東北、南九州の魅力を満喫できる旅行を提案する、日本通のKOLセミナーや文化体験イベントをハイブリッド形式(各会場でのリアルな体験会とSNSでのライブ配信)で実施しました。訪日意欲の高いのべ340万人の方々に地方の魅力をお届けし、本年度もパワーアップして展開します!
小紅書での「小衆游」キャンペーン画面とQRコード
また、日本各地で中国人観光客をお迎えする皆様とウィンウィンの関係を築くには、地元の方が大切にしてきた地域の魅力を理解し、そこに積極的な消費をしてくれるお客様の誘客も進めていく必要があります。そのため、目的達成への支出は惜しまない高付加価値旅行や一般ツアーでは満足できないお客様向けのオーダーメイド旅行などを手配する旅行会社との連携も強化しています。旅行を通じて子どもに貴重な体験をさせる「研学旅行」(農水産物の収穫・料理体験、博物館や水族館などのバックヤードツアー、廃棄物のアップサイクル事例の見学など)を求める親御さんも増えているので、この種の旅行を企画・手配する事業者と地域の皆様をマッチングすることもあります。
ー仕事において大事にされていることを教えてください。
中国、上海での生活者としての視点です。市民の日常生活を観察し、週末のレジャーなどの自ら体験することで、事業方針の策定やプロモーション手法に反映させています。例えば、上海では、公園や緑道が整備され、それなりの規模と質で十分に美しい桜並木を楽しめるようになりました。ゆえに日本で楽しむ桜をアピールするなら、圧倒的に上海でのお花見を超える「巨木の一本桜」や「お城の建物や堀、散った桜も一体となった美しさ」で見せるといった視点が大事になります。また、日本側での商品やサービスへの適切な値付けを助言する時に、現地の物価や相場は非常に重要な情報となります。そのため、上海で日本料理を食べる際、どの程度の食事に何円くらい払うのか、中国での国内旅行に要する費用感や旅先での観光施設や体験商品の料金はどう設定されているのか、といった相場感と自分なりの評価は広く把握するようにしています。
ーお休みや週末はどのようにして過ごされていますか
私は旅行や街歩きが本当に好きで、プライベートと仕事がオーバーラップしています。週末は上海市内を50~80㎞サイクリングしながら見て回ったり、江蘇省・浙江省まで足を延ばして庭園や湖畔でゆっくり、なんてプチ旅行も楽しんでいます。まとまった休みは、家族のいる日本へ帰ることが多いですが、中国には現役の寝台列車も多いので、久しぶりに鉄道旅もやってみたいです。
ー夢についてお聞かせください。
元気なうちは夫婦仲良く、ちょっと贅沢な旅をすることですかね。実は、まだアメリカやオーストラリアに行ったことがありませんし。あとは、もちろん中国の全地域訪問です!
[日本政府観光局(日本国際観光振興機構)]
住所:上海市長寧区延安西路2201号上海国際貿易中心2111室
電話:021-5466-2808/2868
URL:www.japan-travel.cn/
※インタビュー及び提供資料に基づく情報はすべて取材対象者に由来しており、本誌がこれらの情報の正確性と完全性について、保証するものではありません。
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